あと あと のあと  2014年 4月

4.30
 長野大(上田市)は、今月から5月にかけて行う新入生対象のオリエンテーションで、
 他人が書いた論文や記事、ネット上の情報を無断で写すことは禁止と伝えるようにし
 た。出典を明記せず、情報を丸写しにしたようなリポートが見られるための対応だ。

   「STAP問題で注目 県内大学は…」  信濃毎日新聞  2014.4.30 からの抜粋

 高校のときの読書感想文コンクールに、雑誌に載っていたものをそのままコピーして
 提出し、商品の国語辞典をせしめたクラスメイトがいた。
 私には、そのような行動をとることは考えられなかったのだが、そのクラスメイトは何の
 罪意識もないようだった。 いったい、この違いは、どこからきているのだろうか。

4.29
 天皇誕生日が「昭和の日」という名称になったことも知らずに、祝日の今日は仕事で
 千葉県まで行っていた。
 世の中はゴールデンウィークだなどと浮かれているけれど、まとまった
休日が取れな
 い職業に就いている人もいる。
 国民には職業選択の自由があるというけれど、本当にやりたい
仕事に就いている人
 が、はたしてどのくらいいるのだろう。やりたい
仕事がなんだかさえもわからずに、「生
 活」をしていくために働いている人がほとんどなのだと思う。
 だけど、「今」に
全力を尽くせば、きっと明るい未来は開けてくると、信じたいもの 
4.28
 「昨日の昼ころから、飼っていたネコがいなくなりました。特徴は……」と、有線放送から流れてき
 た。飼い主の気持ちが伝わってく内容だが、
ネコは突然いなくなることがある。
 魚や肉の余り物をねだって、自宅の窓際でニャーニャー鳴く
ネコは、毎日同じやつが現れるわけ
 ではなく、4~5匹が日替わりでやって来る。毎日ここに来れば、労せずして食料にありつけるの
 に、
ネコたちの行動は気ままだ。
 だから、飼い猫が、いつまでも飼い主の元にいるとは限らない。このあたりが犬とは違うところ。
 
4.27
 車庫の外壁に張ったネットは、ゴーヤと朝顔のためのもの。全部張って
 しまった後に、ネットを間違えたことに気が付いた。野菜用のものは100
 mm
角なのに、トウモロコシをハクビシンから守るための、16mm角のや
 つを使ってしまった。
 それでもいいかといったんは思ったのだが、これではネットの向こう側の
 ゴーヤを採り入れることができないことに気が付いた。そこで、また張り
 直したのだ。
 こんな無駄な時間を作っている余裕などないのに、どこかが何かが食い
 違っている。庭の草取りが大体終わったけれど、なんだか疲れ気味です。
 
4.26  
 琉くんの誕生日は昨日だったけれど、東京からのお客様がみえられたこともあり、パ
 ーティは今夜に順延しました。
 左の写真は、手作りのケーキに立てられたろうそくを吹き消す瞬間です。そのあと、
 どこで覚えたのかドリフのヒゲダンスを踊りまくり、琉くんは大はしゃぎでした。
 4歳になった琉くん、今年からは保育園の年少クラスの仲間入り。「おともだち」が大
 好きだから、お母さんが迎えに行くと、まだ帰りたくないとベソをかくそうです。
 
4.25
 温暖化の原因が温室ガスか否かは別にして、地球規模で温暖化が進行していること
 は間違いない。
 巨大台風の発生などの異常気象は、自然のゆらぎの範囲かもしれない。しかし、世界
 の山岳地帯の氷河の縮小やシベリアやアラスカの永久凍土の融解は、はっきりと温
 暖化の進行を示している。
 温暖化は恐ろしいのか?私はそうは思わない。寒冷化に比べれば温暖化は僥倖だ。
 私の年代の人間は、小学生から中学生時代に、地球は寒冷化すると教えられ、心の
 中で震えていた。
 地球規模の人口増加と、天然資源の逼迫の未来、地球の寒冷化では人類は救われ
 ない。温暖化だからこそ救いはある。特に、南北3000kmと細長い日本列島で、温暖
 化は有利に働く。なぜなら、亜寒帯の北海道が、温帯になるからだ。北海道は東北6
 県と北関東を合わせた広さを持っている。その全道が優良な農耕地帯となっていく。
 北海道は未来の日本の切り札となる。明治以降、北海道の開拓者たちは、未来の切
 り札として北海道を準備してくれていた。


     「日本史の謎は『地形』で解ける(文明・文化篇)」   竹村公太郎   から抜粋したものです。  

 東京駅の、書店の店頭に並んでいたものを何気なく手にとって購入したのだが、その内容はすこぶる面白かった。
 徳川家康が、関西ではなく江戸に幕府を持って来たのは、当時のエネルギーの源である「木材」の供給のことを考
 えてのことなのだという。そして、木材を運び出すための河川を中心にして天領地を定め、そこを直接支配したなど
 ということは、今までの日本史のストーリーにはなかったことだ。この本には勉強させられました。 
 
4.24  
 芽を出したころはナズナに似ていたから、摘んでおひたしにできるのではないかとも思った
 が、今は成長して穂に実を付けて、ちょっと触っただけでそれがはじけ飛ぶ。その実が来
 年になると芽を出すだろうから、除するのが遅かったことになる。
 畑の準備の方を優先していたために、庭の取りが遅くなってしまったわけだが、瞬く間に
 いろいろな種類のが生い茂り、ひと区画終了させるのに丸一日かかってしまった。
 ハンディタイプの掻きで根を浮かせて、そこについていた土をふるい落としたものを箕(み)
 に入れて、いっぱいになると堆肥置き場に運ぶ。この動作を何度繰り返したことだろう。
 草の間には、矢車などの除してはいけないものも紛れ込んでいるから、少しずつしか
 進めることができない地味な作業、疲労困憊で、夕食を食べたあと何もする気にならない。
4.23
 教え子よりわが子の入学式を優先した女性教師の行動を巡り、ネットで大
 論争となっている。パッシングの嵐と思いきや「分かる」という支持派が多数
 を占める展開に「教師は聖職」と批判する側は戸惑いを隠せない。“減私奉
 公”は教職でも死語となりつつある?


  「『分かる』が多数派の『世論』をどう読み解く?」 「週刊朝日」 5月4日号 

 「Yahoo!ニュース」が実施した意識調査によると、「担任が自分の子供
 行事を理由に学校行事を欠席することをどう思うか」という設問に、約43%
 が「問題だと思う」と答えたのに対し、「問題だとは思わない」が約48%と上
 回っているというのだ。
 設問が「入学式」となっていないから、今ひとつ焦点がぼけてしまっているかもしれないが、新学期の担任の先生
 が入学式にいないというのは、やっぱり違和感を感じてしまう。
 教師という職業を「聖職」だなんて全く思っていないけれど、お金を得るための「仕事」というものは、そんなに甘っ
 たるいものではなくて、真剣勝負であるべきだと考えるからだ。
 以前に、退職金の金額が下がるからと、教え子の巣立ち(卒業式)を確認する前に、退職してしまう教師がたくさ
 ん発生したことがある。このときもどうかと思ったけれど、今回の例もなげかわしいことだ。その教師が、「仕事」よ
 りも優先したのは、自分の子供の「高校」の入学式だというからなおさらである。義務教育を終了した人が、親が
 付き添ってやらないと、入学式に行くことができないとでも言うのだろうか。
 
4.22
 私が、「命」の次に大切(?)だと思っているのが、この点鼻薬。この10年来、「ルル」の
 ものを使用している。
 以前に病院で血液検査をしたところ、私の鼻炎の発生原因になっているものは杉花粉で、
 その他にも少しだけハウスダストがからんでいるという診断だった。だから慢性的な
 まり状態のため、この点鼻薬が欠かせないわけだ。
 昨日のお葬式のあと、荷物になるから香典返しを送ってくれるということになったので、礼
 服も一緒に頼んだ。そのポケットの中に「ルル」が入っていたことに気が付いたのは、帰り
 の新幹線の中でのこと。だから、づまりを解消させることができなかった。
 どこかで薬屋さんを探して買えばいいだけのことなのに、仕事に入る時間が決まっていたためにその余裕がなく、ほ
 とんどで呼吸ができない状態のまま眠りについた。
 今朝も、ホテルを出るのが6時45分だったから、薬屋さんにたどり着くことができたのは、仕事が終わった夕方にな
 ってしまった。こうやって「ルル」のない生活をしてみると、やっぱり「命」の次に大切なものだということがよくわかる。
 
4.21
 朝5時20分に家を出て、いちばん早い特急あずさに乗って、栃木県の大田
 原まで行った。弟の連れ合いのお父さんの葬儀に参列するためだ。
 車で移動する方法もあったし、中央線のあずさに乗るのではなく、長野新幹
 線を利用する手もあったのだが、私に夜からの仕事が入っていたために、こ
 のルートを採用するしかなかった。
 問題だったのは、90歳のおじいさんが行くと言い出していたこと。「死ぬ気で
 行く」と言っていたし、栃木に住んでいる弟夫婦のことを常に心配していたか
 ら、普通に考えれば無理なことを今回は決行した。
 特急あずさが15分くらい遅れたために、乗り換えの東京駅で付き添いの弟
 に引っ張られて歩いたおじいさんは、ホームに立っているときに、突然膝から
 崩れ落ちてしまった。
 その瞬間、救急車を呼ぶことが頭をよぎり、このまま引き返すことも考えたが、「大丈夫!」だと言うおじいさんの意 
 思を確認してから、東北新幹線に乗り込んだ。
 なんとか焼香に間に合った葬儀会場では、お嫁さんやそのお母さんと涙を流して抱き合うなど、感動の再会シーン
 だったから、結果的にだけれど、「無理」が実ったことになる。
 
4.20
 今日と明日は、民生委員の研修旅行の予定だった。しかし、親戚のお葬
 式で、月曜日に栃木まで行かなければならなくなり、急遽キャンセルした。
 何かからのプレゼントのような一日、昨日から取り組んでいた畑作業をほ
 ぼ完結させ、連休にを植える準備が整いました。
 昨年ネギの栽培に失敗したのは、の植え付けの時に、根元に刈り取っ
 た芝を入れたからでした。今年はその教訓を活かして籾殻にしました。
 全部で約200本のネギ、今年は順調に成長してくれることでしょう。
4.19  
 先週の土曜日、吉野にいた私の所に、その日のお弁当のお届け当番の
 民生委員の方から電話がかかってきた。「次に森田さんが来るときには、
 あの可愛いお子さんを連れてきて欲しい」のだという。
 前回のお届けのときに琉くんを連れて行ったことが、印象に残っていて、
 また会いたいらしい。
 そして今日、お駄賃のお菓子を用意して待っていてくれた。頭をなでなで
 したいからもっと近くに来るように言われ、スキンシップをしてきました。
 ひとり暮らしの方は、やっぱり寂しいから、こんな些細な行動でも、明日
 に向かう活力を、差し上げることになるのです。
4.18
 400部を目標にしていた製本作業は、昨夜遅くに目標部数に
 到達しました。田んぼの土手の草刈りが始まる前に、なんとか
 目鼻をつけたかったわけですが、どうにか間に合いました。
 と言われても、どんな内容のを、何を目的にして作っている
 のかわからないでしょうが、そのうちにわかります。
 という具合に、全く個人的な、そして意味不明なことを、臆面も
 なくブログに掲載している私です。ごめんなさい。
 根気と、集中力が要求される作業から、やっと解放されました。

4.17
 「春眠暁を覚えず」の意味は、「春はついつい朝寝坊しがちだ」というようなものでは
 なく、単に、「春になって日の出の時刻が早くなった」という事実を、語っているだけ
 だという説もあるが、とにかく今の時期は温暖の差も激しいためか、体がだるいこと
 は事実だ。
 昨夜なんか、ホテルに入ってから、コンビニで買ったお弁当を、350mlの缶ビール
 で流し込んだらたくなってしまい、そのままベッドに横になってうとうとしはじめて
 しまった。その時間は、まだ20時にもなっていなかったかと思う。
 一度目がめたのが12時半、その次に目がめたのが2時半で、今頃ヤンキース
 のマー君が登板しているなと思ったけれど、テレビを点ける気力はなく、本当にダラ
 ダラと、とりとめのない夢を見ながら、浅いりを朝の7時半まで続けてしまった。
 後で考えると、もったいない時間を過ごしてしまったと思うのだが、一方では、体が
 睡眠を要求していることも、また事実なのだろう。
 
4.16
 この1年半くらい、居間のソファーに横になったきりで、屋外に出ることが
 ほとんどなかったおじいさんが、何を思ったのか、突然キウイフルーツ
 剪定をはじめた。
 変化点といえば、この4月からひ孫たちが幼稚園に通い出したことくらい。
 「みんな保育園へ行くのに、おらあ何もしてやれない」と言っていたから、
 何か「役に立つ」ことをしたいと思ったのだろうか。
 もう何もする気力も湧かないから、毎日ボーっとしているしかないんだと、
 私なんかは思っていたのに、どうやらそれとも違うようだ。
 だけど、慣れないことをして、具合が悪くならなければいいのだけれど。
 
4.15
 急に明日の仕事がなくなった。お伺いする予定だった工場に、そこのお客さんが監査に
 入ることになったからだ。
 ほとんど抜き打ちで行われる監査だが、私がお伺いすると本当によくかち合う。それ
 が、「森田さんは引きが強い」と言われている所以でもある。
 さてこの空白の一日をどうしようかと考えた。明日の夕方は、仕事が終わってから名古
 屋に移動しようと思っていたけれど、結局自宅にいったん戻ることにした。
 その理由は、「やらなければならないこと」がたくさんあるからだ。製本作業や、畑の整
 備や、庭の草採りや、住民台帳の整備など、いくら時間があっても足らないくらいなの
 だ。
 移動というのも結構疲れるけれど、この貴重な一日を、ただ漫然と過ごすわけにはいか
 ない。さて今夜は、何から手をつけようか……。
 
4.14b
 特急「あずさ」の中で、揺れに悩まされながら、「吉野の桜」を 「GALLERY」 にアップしました。 ご覧になってくだ
 さい。

4.14a
 昨日の野良仕事の成果物は、野菜を植えるための畝(うね)を作ったこと
 です。もう農協の店頭には野菜の苗が並べられているのに、このあとの4
 月の週末は何らかの「行事」が入っていたりで、やや焦り気味です。
 「ポチ」でできるだけ深く耕して、掘り割りを作り、そこに堆肥を入れる。そ
 して土を被せてから平らにならし、マルチシートで覆うという工程でした。
 手前の120cm幅のものはトマトキュウリ、向こう側の90cm幅のもの
 がナスピーマン用のもの、その中間にある玉ネギは、このあたたかさ
 で、にわかに勢いを増してきました。
 畑の残った場所には何を作ればいいのかと、ただいま思案中です。

4.13  
 強いとは聞いていたけれど、桜花賞ハープスターの走りはすごかった。
 4コーナーをまわり、直線に向いてもまだ最後尾にいたから、一瞬やばい
 のではないかと思ったところ、なんと全部の馬をごぼう抜きにし、ゴール
 前では見事に差しきった。
 競馬通の弟からは、「鉄板です」というメールが届いていたけれど、このよ
 うなレースを取れないようでは、競馬をする価値がない。
 おかげさまで、お嫁さんともども、3連単をゲットしました。
4.12b
 日帰りのツアーで、吉野山を見に
 行って来た。
 週末の、絶好の行楽日和とあって、
 野山に続く狭い道は大渋滞。到着する
 のが予定よりも2時間半遅れ、どこも
 かしこも人であふれていた。
 この駐車場に、今日入った大型バスは
 400台にもなるという。さすが世界遺
 の観光地。料金も「超一流」だ。
 
4.12a  
 吉永 : 理研は今後どうなるのだろうか。責任の所在の分かりにくい組織だ。若手の
      女性をリーダーにしておいて、(問題が起きると)「未熟な研究者だ」と一人の 
      問 題にして組織を守る。
 照山 : 連載でも触れましたが、理研は体質として秘密主義があって、内部でさえ何
      が起きているのか分からず、一人の責任にしてしまっているところがあります。
      小保方氏一人の責任を問うのではなく、理研の体質を突いていくべきだと思
      います。
 中井 : 最終報告と言うなら、当事者とも話をつけてから出し、同時に(関係者の)処
      分も発表するのが普通でしょう。ところが小保方氏は捏造を否定しています。
 鈴木 : (民間会社にたとえれば)社員が会社の発表と違うことを言っているようなも
      のだ。今後、理研小保方氏の対立は法的に争われる可能性がある。どう
      解決するのか、わかりやすい解説記事を期待している。
 池上 : 理研の人たちがこうした事態を分かっていないのが問題だ。社会性もコミュニ 
      ケーション能力もない。
 吉永 : 一般企業がこんなことをしたら(メディアは)もっと激しく追求するのではない
                         か。理研にやさしくはないか。

   「 『開かれた新聞』 委員会  座談会」   毎日新聞   4月12日号 からの抜粋です。

4.11
 DPC(Diagnosis Procedure Combination):「診察群分類」を国が推奨しているのは、超
 高齢社会を迎え、医療費が膨らみ続けることを避けるためでもある。
 これまで、私たちが払う医療費は、1958年に作られた「出来高払い方式」で計算されて
 いた。検査、手術、薬などの一つひとつの医療行為ごとに料金が決まっており、治療が
 行われると、積算して合計金額を支払うというものだ。しかし出来高払い方式では、ムダ
 な検査や投薬などといった過剰な医療を招きやすいという問題点が指摘されてきた。
 そこで、そうしたムダを出さないために、病名が診断された段階で必要な医療行為がほ
 ぼ決まり、費用がおおよそ計算され、検査、投薬がどれだけ行われても総額は変わらな
 いというDPC方式が導入されたのだ。
 その結果、病院は治療の終わった高齢者をすぐに退院させなければ、経営が成り立た
 なくなっている。一方、ひとり暮らしで自宅に帰れない患者が急激に増えているため、問
 題が噴出しているのだ。
 高齢者の居場所探しを病院が担うのか、自治体が担うのか、それとも専門の業者に依頼
 するしかないのか……。

  「老人漂流社会 他人事ではない“老後の現実”」  NHKスペシャル取材班 から抜粋しました。
 
4.10
 昨夜の件で、コンビニの「お客様相談室」から回答があった。

 私どもでは、袋詰めの際は、お客様がお買い上げになられた商品に見合った
 用度品(箸、スプーン、フォーク等)をお付けすることを基本とし、また、お客様
 からご要望をいただいた場合には、各店舗の判断により、出来る限りご意向
 にそって便宜を図るよう指導を行っておりますが、この度のご意見を賜り、私
 どもの指導不足を痛感致しております。


 私の予測通り、「用度品」を付けるというのが基本動作だった。だから、不要
 なときは、その旨を伝えていたのだ。そして、その動作がお客に定着してしま
 っているから、今回のような不具合が発生してしまう。
  昨夜、コンビニの本部にメールを送るとき、お店の名前や購入した時間帯も
 伝えてしまった。だから、きっと、担当者は叱られたことだろう。でもそれは仕方がないこと。サービス業というのは、
 その質のレベルで競合他社と勝負をし、その評価がされるのは、顧客満足度を満たしているかどうかなのだから。
 
4.9
 以前にもこのブログで取り上げた、中央西線の勝川駅の前にあるコンビ
 ニ
。そのときは、カレーにスプーンを付けてくれなかったので、ホテルの
 部屋で食べるのに苦労した。
 そして今夜は、冷やし中華を買ったのだが、を付けてくれなかったの
 で、右の写真のように、ホテルの部屋に備え付けられていた、氷をつか
 むためのものを使って食べた。
 普通、コンビニでお弁当を買うと、何も言わないでもを付けてくれるか
 ら、不要なときはその旨を伝える。だから、この店で買うときも、ついつい
 請求することを怠ってしまうのだ。はたしてどちらの動作が標準なのか、
 コンビニ
の本部に問い合わせてみたい。 

4.8
 東京に行くときのパターンはふたつ。ひとつは、茅野駅まで車で行って、
 あずさに乗るパターン。もうひとつは、飯田線で岡谷駅まで行き、同じくあ
 ずさに乗るパターンだ。
 前者は東京からそのまま帰って来られる場合で、車は茅野駅のそばの駐
 車場に置いてある。後者は、名古屋から帰ってくる場合で、高速バスを利
 用するので、茅野駅に車を置いておくわけにはいかないわけだ。
 前者の場合の、中央道の諏訪インターまでの料金は、3月までは1000
 円で、時間によっては700円の場合もあった。ところが、この4月からは、
 いつ通っても1450円が表示される。割り引きがなくなったから、どこでも
 同じ現象だと思われるが、1.5~2倍になるというのはきついぜ。
 
4.7  
 毎年この時期になると、NHK・Eテレの「おかあさんといっしょ」に出演している、歌の
 お兄さんとお姉さん、体操のお兄さんとお姉さんが、変わってしまうのではないかとい
 うことが、私の心配事のひとつになっている。
 毎日の放送を録画してあり、孫たちにせがまれて再生するから、自然と私も観てしま
 うことになる。そして、今年は、お兄さんとお姉さんの交替はなかったからひと安心。
 今月取り上げた「ぼよよん行進曲」をネットで検索すると、「泣けてしまう」という感想
 がいっぱい現れる。みんな、「ぼよよ~んと空へ 飛び上がってみよう……」というサ
 ビの部分を聴くと、泣けてしまうというのだ。私は泣かないけれど、孫たちともども気
 に入っている曲だ。
4.6
 今週は、新日本プロレスの試合の生中継が、3日間もあった。
 まずは3日の「井上亘引退記念大会」が後楽園ホールから。続いて4日の、
 テーマがなんだかよくわからない、同じく後楽園ホールでの試合。そして、
 今日の両国国技館での試合といった具合。
 生中継には、録画にはない緊張感があって、病みつきになってしまう。とこ
 ろが、今日は私の体調がおもわしくなくて、いまひとつ集中することができ
 なかった。そして、セミファイナルの前に、もう観ていられなくなってしまい、
 寝室で横になるしかなかった。
 花粉症だか風邪だかよくわからないけれど、鼻がグジュグジュなのです。
 
4.5b
 八十二銀行が主催した、櫻井よしこ講演会を聴きに行った。さすがに知名
 度は高いようで、駒ヶ根市民大ホールは、ほぼ満席の状態だった。
 内容は、主として日本と中国との関係を、尖閣諸島から集団的自衛権まで
 通して語ったもので、90分もの間、よどみなく言葉をつないでいかれるのは
 すごいことだ。
 一定のイデオロギーを背景にした講演は、どこかに押しつけがましい部分
 が見られるものだが、彼女の客観性を伴った語りには、それなりの説得力
 があった。
 
4.5a
 地区の高齢者クラブの総会に招待され、一升瓶を片手にして出席した。ところが、そ
 の総会で、なんと高齢者クラブは解散してしまったのだ。
 理由としては、役員のなりてがなかったことと、新規加入者がこの何年間皆無であっ
 たことによる。
 たとえば60歳を越えた私が、「老人クラブ」への入会を誘われても躊躇するだろうし、
 このような、「組織化」を必要とする集まりは、もう流行らなくなってしまったのだ。
 これからは、もっと気軽に参加できる、小規模な集いの場に、高齢者クラブは移行し
 ていくと思う。このような活動を推進するのも、民生委員の大事な役割なのだ。
 
4.4  
 タイヤを、スタッドレスからノーマルに替えた。この冬は
 ほとんどを走らせなかったから、スタッドレスタイヤは
 ほどよくすり減って、今がいちばんいい状態だという。
 今朝は、のエンジンがかからなかった。バッテリーが
 上がってしまい、うんともすんともいわない。
 明日の朝、長男が診断してくれるが、これもに乗らな
 いために、充電する機会がないからなのかもしれない。
 つまり、今の私に、自動は必要ないのです。
4.3  
 来賓としての「民生児童委員」と、入園児の保護者の「保護者」
 というふたつの立場で、保育園入園式に出席した。
 わが家は、今年、上の子が年少組、下の子が未満児のクラスに
 入園した。
 今まで、家庭の中で気ままに過ごしてきた子たちが、初めての集
 団生活を経験するわけだ。
 最初は慣れないかもしれないけれど、こうやってもまれながら、た
 くましい子に育って欲しいと、「じいじ」は願っているのです。
4.2  
 私にお声をかけていただいたので、昨日お伺いした会社の方は、「くたばれ!IS
 O。」に掲載されているホームページのアドレスが開けなかったけれど、念のため
 に名前で検索された結果、私のサイトにたどり着いたのだという。去年からアドレ
 ス
が変わっていたからだ。そして、「あきらめなくてよかった」とおっしゃられた。
 リーガルの靴を買ったときに、メンバーズカードを持っていなかったために、そのお
 店が「森田勝」をリストアップしてくれたところ、全国で同性同名の人が24名も登
 録されていて驚いたものだった。
 世界はとてつもなく広いけれど、砂浜の中から一粒の小石を探し出すことができる
 インターネットというツールは、よく考えてみればものすごいことなのだ。
4.1  
 サラリーマンを辞めてこの仕事をはじめてから14年が経過し、今日で15年目に突入するこ
 とになります。
 関根先生がいなくなって、心の拠り所がなくなってしまったけれど、この間ずっと「独り」でや
 ってきたのだから、私の行動がそれによって変わるわけではありません。
 いつも何かに、それも困難なことに挑戦し続けるという姿勢は、年齢と共にそのパワーが衰
 えてきているかもしれませんが、まだまだ頑張れそうです。
 張り詰めた状態ばかりで、読む方が疲れるとおっしゃる方もいますが、いましばらくお付き合
 いください。よろしくです。